保育園の連絡帳は、先生とのやり取りがあったり、園や家庭での娘の様子を書き記してあったりする。
先日、娘が遊びたさと眠たさのあいだで葛藤している様を書いた。そうすると、先生から園でも昼寝の時間に遊びたそうにしている。友達の真似をして横になってはいるけれど。というコメントがかえってきた。そして、そのコメントの結びは、「毎日が戦争ですね」だった。
子育てに奮闘することはあるかもしれない。だが、戦争、という例えは平穏ではないし、子育てを表現するには適当ではない気がする。
子どもは、敵ではない。
子育てに武器は必要ない。
自己の利益のために、子どもの権利や人格を踏みにじっていいわけがない。
大変な状態、自分でコントロールできない状態を指した比喩なのだろうが、あまり、いいたとえとは言えないな。
正直、こういうたとえをする方に、保育を任せたくないな。
無意識に、子どもを監視し、意のままにならなければ何をしても統制できればいいというような価値感のもと、そういう行動をとってそうだ。
子育てにはルールが必要だし、そのルールを大人が守るという前提も必要だ。ルールを好き勝手作って、好き勝手に破棄して相手をのめすのでは、人格者を育てることは出来ない。
子どもの養育に当たる方には、暴力的ではないノーマルな感覚を持ち合わせてもらいたい。